STORY
なぜ、政治なのか。
なぜ、品川区なのか。
これまで、どんな仕事と成果を?
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成果例
- グループIT予算:約500億の金融機関にて、CIO・CTOの経営判断を支えるIT管理標準を新規策定。
- 3,332システムの管理状況を月額617円で継続的に可視化
- システム老朽化への対応時期を月額557円で継続的に可視化
- ライセンス費用の仕組みを見直し、4,180万円を削減、9,450万円の新規発注を抑制
ルールをつくるだけでなく、実際に機能させ、成果につなげてきました。
なぜ、政治で立候補を?
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長年、品川区外に住んでいましたが、品川区民の方から「働く人こそ議会に必要。挑戦しなさい。」と声かけをいただきました。立候補は手段。「何を、どう変えたい」が語れなければ立候補理由は、ない。それが、率直な感想でした。
一方、40代になり、人生は思いがけないところから風が吹くことも、深く実感していました。そんな時に声掛けいただいたため、今自分が知っていること・自分の思考だけでNOを出すのではなく、まず検証しようと思ったのです。
地域を歩き、区民のお話を伺いながら「問題はなにか」「なぜ、そうなっているのか」を考えてきました。そこで出会ったのは、これまでの仕事や生活では接することのなかったさまざまな立場・現実・ものの見方でした。
私自身、氷河期世代の終盤に社会に出て20年余り。数年後でリーマンショック。高度成長期は10才で終わり。よって、働く忙しさも、税や生活の負担感も、将来への閉塞感も、核家族化も身近に感じてきたと思います。
一人ひとりが抱える問題を体系的に整理し、個人だけの問題で終わらせず、社会全体の課題として捉え、それぞれの自律につなげたい。
一方、意思決定の仕組みづくりや行政経営、政策設計には、これまで培ってきた経験を生かせるのではないか。そう考え、政治への挑戦を決めました。
改めて、なぜ、品川区で?
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「地域活動の運営原理が違うな」その感覚が、新しい視点を与えてくれました。
品川区は、旧品川区と旧荏原区が一つになり約80年。地域ごとに歴史や文化、暮らし方が異なり、区全体を一つの平均値では捉えきれない多様性があります。
一方、私が長年暮らしてきた街は、住民による自主企画・自主運営・自主参加が基本です。もともと私は地縁が薄く、幼少期から転居を重ねてきたので、そうした街になじめていたのだなと思いました(笑)
ところが、品川区を歩くなかでは、町会などの組織や、長年培われた役割分担を中心に地域活動が営まれていました。一方で、まちに強い愛着を持ち、暮らしや文化を大切にする方々の多さと人情の厚さも感じました。同時に、新しく移り住む方々も増え、住民構成や暮らし方は変化しています。町会への加入や地域活動への参加、担い手の確保、活動資金の維持など、従来の仕組みを続けるうえでの課題も耳にしました。
歴史ある企業でも、かつて合理的だったルールや組織の仕組みが、環境の変化によって機能しなくなることがあります。
守りたいのは、昔からの仕組みそのものなのか。それとも、その仕組みが支えてきた暮らしや人のつながりなのか。
後者であれば、目的を守るために、手段を変えるという選択肢もあるはずです。
私は地域で長年培われた人間関係やしがらみがありません。だからこそ、言いにくいことも率直に話していただけた場面は多々あります。これは嬉しかったですね。
異なる運営原理に触れ、自分の「当たり前」が覆されたからこそ、どちらの方式も当然視せず、仕組みそのものを検証できる。
地域の大切なものを残すために、何を変える必要があるのか。限られた人員や予算で、どうすれば持続可能になるのか。
これまで使ってこなかった経路で社会と関わる機会、これまでの実務経験を生かして向き合いたい。そう考え、品川区での挑戦を決めました。
ずばり、品川区をどう見ている?
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地域を歩くと「税金が高い」との声を耳にします。実際、区民1人当たりの特別区税負担額も増えています。品川区は子育て支援に力を入れています。助かっている方も多いでしょう。一方、子どもは成長し、親も年齢を重ねます。独身の方も、子育てを終えた方も、長く税金を払ってきた高齢の方も暮らしています。
物価や住居費、固定資産税などの負担も考えると、どのくらいの所得の人が、何歳から何歳まで暮らし続けられるまちを想定しているのだろう? と思うのです。
区全体では、地域も住民も多様です。だからこそ、個々の要望に応える施策が増える一方で、区政全体として何を目指し、どんな成果が出ているのかが見えにくくなりがちです。
実は、品川区は以前から「生涯にわたり住み続けたいまち」を目標に掲げています。
地域でお話を伺うと、「このまちに住み続けたい」という方は多くいらっしゃいます。ただ、それが必ずしも今の暮らしへの満足を意味するとは限りません。住み慣れた場所を離れるには、費用も労力もかかります。不便や不安があっても、引っ越すほどではないと考える方もいるでしょう。だからこそ「住み続けたい」という声で安心せず、何が負担になり、何が障害になっているのかを見ていきたいのです。
私は、制度や予算を増やすことだけが答えだとは思いません。限られた財源の中で、誰にどんな効果があり、将来どんな負担が生じるのか。政策を個別に見るだけでなく、人生全体、区政全体で考える必要があります。行政の資料を一つひとつ読み込まなくても、区政の現状や課題、政策の効果を理解し、判断できるようにしたい。「住み続けたい」を「住み続けられる」に。そのために、区政の全体像と成果を見えるようにしていきたいと考えています。
あなたの考える「公平な区政」とは?
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だからこそ、声の大きさや要望の数だけで優先順位を決めるのではなく、誰が困っているのか、どれほど深刻なのか、支援によって何が変わるのか、その費用や副作用を誰が引き受けるのかまで考えたい。
また、仕事や家庭の事情で行政に意見を届ける時間がない方もいます。声が届いていないことと、問題が存在しないことは違います。
必要なのは、全員の要望をかなえることではなく、限られた公共資源の使い方について、区民全体に説明できる判断をすること。
その判断の根拠と成果を見えるようにすることが、私の考える公平な区政です。
行政は人が何をできるようにするべきか?
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自律とは、誰にも頼らず生きることではありません。自分で考え選ぶ主体を手放さないことです。政治が悪い、環境が悪い。たとえそれが事実でも、そこで思考を止めれば自分の人生を他者に預けることになります。
行政の役割は、人に代わって答えを出すことではなく、必要な支援を通じて、一人ひとりが自分で考え、選び、行動できる環境を整えることだと思っています。そして、挑戦できることです。
欲しいものは、自分で考え、選び、工夫して手に入れたときに大きな満足や達成感を感じるものではないでしょうか。
もちろん、本人の努力だけでは解決できない問題があります。政治や行政の仕組みに問題があるなら、そこは変えなければなりません。必要なときに支援を受けられること/手を挙げられることも大切です。
一方で、SNSの普及によって、誰もが気軽に弱音を吐き、不満や悩みを共有できるようになりました。以前なら一人で抱え込んでいた苦しさを言葉にできるようになったことは大きな変化です。
ただ、副作用もあると思います。不満を言葉にし、共感を得ることで気持ちが軽くなる一方、問題の原因を環境に求めるだけで思考が止まることもあります。共感が集まることと、問題が解決することは違います。
そして、人生には選択がつきものです。どんな選択にも、メリットとデメリットがあります。何かを得ることで、別の何かを諦めなければならないこともあります。何かに恵まれれば、別の視点が欠けたりします。だからこそ、自分で選び社会に触れることは、都合よい結果だけを受け取るのではなく、デメリットも理解し、引き受けていくことだと思います。
困っている人を支えることは大切です。しかし、行政が何でも先回りして決め、与え続けることで、本人が考え、選び、行動する機会を狭めることには私は慎重です。大切なのは、何を与えたかだけではなく、その支援によって本人の選択肢が増えたのか、できることが増えたのかに近づけたのかということです。
人生をどう生きるかを決めるのは、あくまで本人です。
行政が人生の答えを用意するのではなく、一人ひとりが自分で考え、選択の結果と向き合いながら、自分の人生を動かしていける環境を整える。私は、そんな自律を早くから支える区政でありたいと考えています。
失われた「密度」を、今の時代、どう保ち、声なき声を拾う?
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人口減少や核家族化、経済情勢の閉塞感。個人情報保護への意識の高まりや、テクノロジーの進化。結果、企業・個人に求められる配慮の増加。社会の変化によって、人と人との関わり方は大きく変わりました。
以前なら自然に生まれていた接点が減り、誰かに声をかけることも、声をかけられることも慎重になる。配慮は大切ですが、その結果、人とのつながりの密度が薄くなっているように感じます。
SNSにより、いつでも誰かとつながれるようになりました。しかし、オンラインでのつながりが、身近な人との関係や困ったときに頼れる安心感をすべて補ってくれるわけではありません。
だからといって、昔のような濃密な人間関係に戻せばよいとも思いません。人との距離感や関わり方の希望は人それぞれです。
大切なのは、普段は適度な距離を保ちながらも、必要なときに手を挙げられること。
行政だけでなく、町会・自治会、地域団体、民間企業など、それぞれの力を生かし、困ったときに相談できるつながりを、今の暮らしに合った形で張り巡らせておきたいと考えています。
そして、もう一つ大切なのが、声なき声をどう拾うかという問題です。
政治に積極的に意見する人ばかりが、地域の代表ではありません。
仕事や家庭の事情で忙しく、声を上げる時間がない方。困っていても、相談先が分からない方。そもそも行政に何かを求める習慣のない方もいます。
声が上がっていないことは、問題がないことを意味しません。そして、声の大きさと、課題の重要性は同じではありません。
行政の時間、人員、予算は限られています。それらは、一部の人のためではなく、区民全体のために使われる公共資源です。
だからこそ、寄せられた要望に応えるだけでなく、その背景にある問題や、同じような困りごとを抱えながら声を上げていない人の存在まで考えたい。
すべての要望をかなえることはできません。だからこそ、課題の重要性や解決による効果を見極め、公平性と説明責任をもって優先順位を判断する必要があります。一度始めた制度・支援を止める政治的コストは高いのです。
人との距離を無理に縮めるのではなく、必要なときにつながれる社会へ。そして、声を上げる人だけでなく、声を上げない人の暮らしも見える区政へ。
失われつつあるつながりの密度を、今の時代に合った形でどう保つのか。私は、そこに行政が果たすべき役割があると考えています。
政治に違和感はあるか?
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喫煙者だからと、必要以上に肩身が狭い。自転車を利用するだけで、肩身の狭さを感じる。高齢者へのまなざしが、いつの間にか厳しくなっている。少子化が社会課題だからといって、子どもを産み、育てることが、当然の幸せのように語られる。働いている母親が、十分に母親らしくないかのように扱われる。「学生なのに妊娠した」と、それだけで非常識だと決めつけられる。「家族みんなで」「親子三代で」という言葉から、こぼれ落ちる暮らしがある。「地元です」から、こぼれ落ちる暮らしがある。
声に出しにくい違和感や少数派の暮らしにも目を向ける。政治の仕事だと思います。そのために、政治家は権限を選挙で託される。誰かにとっての理想を、すべての人の正解にしない。
政治の役割は、特定の生き方を正解として押し付けることでも、一人ひとりの希望を無条件にかなえることでもありません。自分で考え、選ぶ自由を尊重する。同時に、社会の一員としての責任や、公共のために必要な負担からも目をそらさない。その両方を踏まえ、異なる立場への影響を慎重に考えることが、政治の仕事だと思います。
特に、フルタイムで働く人・転勤などで地域に移り住んだ人・親元を離れて暮らす学生など、政治家と接点を持ちにくい人たちの存在を忘れない。政治家に託される権限は、特定の価値観だけを広めるためのものではありません。一つの判断が、異なる立場の人々にどんな影響を及ぼすのか。その責任を自覚し、慎重に行使したいと思います。
自民党なのに、しがらみはないのですか?
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ただ、政党に所属している以上、「しがらみがない」と言い切るつもりもありません。そもそも、無所属であっても、人や組織との関係は生まれます。
大切なのは、しがらみの有無ではなく、何を判断基準にするか。政党も、組織も、人脈も、制度も、予算も、目的を達成するための手段です。関係を維持することや、過去の決定を守ることが目的になってしまえば、本来解決すべき課題を見失います。
手段を目的にしない。
誰との関係で決まったかではなく、その判断によって区民の暮らしの何が改善されるのか。そこを問い続けたいと思います。

